先日、友達の結婚式に行ってきました。
友達の社長の言葉が、すごく良くて感動しました。
二人の末永い幸せを願います♪
引き出物にお茶を使てくれました。
今回は、かわいいラッピングで作ってみました。
かわいらしく評判も良かったです。
冠婚葬祭は、葉っピイ向島園のお茶で(^^9)
2013年9月18日水曜日
2013年9月16日月曜日
肥料VS豪雨
あんまり強い雨が降ると、雨水は畑の表面を流れてしまうだけで畑に浸透せず、肥料分を流してしまいます。
そのため、せっかく施肥した肥料分がもったいないなーと思うのですが、それでも肥料より雨。
雨の恵みには、どんな肥料もかないません。
自然の恵みって、すごいなー(^^)
そのため、せっかく施肥した肥料分がもったいないなーと思うのですが、それでも肥料より雨。
雨の恵みには、どんな肥料もかないません。
自然の恵みって、すごいなー(^^)
2013年9月5日木曜日
続きでーす。
消費税の報道が多くなりました。
来年からの値上げ(5→8%)に向けて、
国民世論を「値上げ反対→容認」へ誘導するためです。
政府と業界と、その後ろにいるアメリカは、
何が何でも値上げしたいので、
(アメリカへの様々な上納金が増える)
これからマスコミを操作して
ありとあらゆる「デマ」を流すでしょう。
例えば、
「1997年の消費税3→5%に上げた時の景気悪化は、他に原因があった。」
「当時起こったアジア全体の危機(アジア通貨危機)の影響の方が大きい。」
などと、平気で嘘を報道しますので、
騙されないように!
「それでもいつかは、消費税を上げなければならないのだろう。」
もし、あなたがそのように思っているとしたら、
それも洗脳です。(^_^;)
そんなこと、誰が決めたのでしょうか?
復興税の流用を見てください。
値上げの前に、
寄生虫退治など、やることが山ほどあるだろう!
って話ですよ。
★★もっと日本を知ろう(4)--------------------------------------------
今回もやや長いですが、
日本に対する「冤罪」を晴らしたい人は
最後までお読みいただければ嬉しいです。
●テストの回答の続きです。
10問の内正しいのは幾つ?という質問に対して、
4問まで×でした。
さて、今回は?
5)A級戦犯の「A級」とは、一番罪が重いという意味だ。
答え…もちろん×です。
よく野球やサッカーの試合に負けた時に、
エラーをした選手に対して、
「今日の負け試合のA級戦犯は○○だ!」
などと言います。
もちろん「今日の負け試合で一番責任が重い」という意味です。
しかし、実際の東京裁判でのA級戦犯というのは、
そのような意味ではなく、
被告人の立場上の分類にしかすぎません。
●東京裁判における被告人の分類
A級…戦争を遂行する立場にいた国家指導者など
B級…戦場で命令する立場にいた指揮官など
C級…戦場で実行した兵隊など
立場が異なる被告人を
同じ法廷の同じ基準で裁くことは出来ないので、
A級…東京裁判
B,C級…国内や海外の各地軍事法廷
で別れて裁判が行われたのです。
●A級が一番罪が重いのではない
A級…死刑7名、その他終身刑16名、禁固刑(7年と20年)2名
その他、判決前に病死2名、訴追免除1名
※ちなみに訴追免除1名は、大思想家と言われた大川周明ですが、
この時には梅毒による精神障害で、裁判中に東条英機の頭を
後ろからピシャッと叩く映像が、映画「東京裁判」で見られます。
B.C級…1000人以上死刑
つまりA級の中にも禁固7年で済んだ人もいれば、
B,C級でも大勢が死刑になりました。
※嘘の証言で死刑になった人も多かったそうです。
よって、A,B,Cというのは罪の重い軽いではなく、
その人の立場上の分類なのです。
●A級戦犯でも、その後活躍した人
A級戦犯で有罪判決を受けた人でも、
戦後「副総理」まで出世して活躍した人もいました。
A級戦犯として懲役7年の刑を言い渡された
重光葵(しげみつまもる:戦時中の外務大臣)は、
判決の2年後(1950年)仮釈放され、
1956年には当時の鳩山内閣の副総理兼外務大臣として、
日本の国連加盟に際して、
国連総会で名演説をし、満場の拍手喝采を受けました。
(つまりA級戦犯が副総理になっても
当時中韓から何も文句を言ってきていないのです。)
●文句を言う筋合いはない
A級戦犯を副総理にしても
なぜ、中韓は文句を言わなかったのか?
1、当時は戦前生まれの人が多く生きていたので、
中韓が文句を言う理由(侵略や南京虐殺、日韓併合や従軍慰安婦)
は嘘だということを多くの人が知っていた。
2、おまけに1952年、4000万人の「戦犯赦免」署名嘆願が集まり、
12月9日衆議院本会議で
「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」
を国会議員の多数会派によって可決。
つまり国会で国会議員が「戦犯は無しにしよう」ということを
決議したのです。
ちなみに4000万人というのは、私たち日本国民のことです。
よって戦犯を復活させるのなら、
改めて国会での決議が必要!
※今では国会議員も国民も、すっかり忘れているようですが…
3、国会決議を受けて、1953年遺族援護法が成立し、
戦犯として処刑された人々は罪人ではなく
「公務死」と認定して、遺族には年金の支給が開始されたのです。
※戦犯のままだと遺族に年金は支給されません。
4、1978年、死刑及び獄中死14名が靖国神社に合祀されましたが、
当然戦犯ではなくて「昭和時代の殉難者」として正式合祀されたのです。
以上は、当時の日本国民とその代表である国会議員が決めたことですので、
中韓が文句を言うのは「外政干渉」というよりも「言いがかり」!!
しかし、今は「自虐史観に洗脳}された戦後生まれの人が多くなったので、
中韓もデタラメ言っても通るようになり、平気で干渉してきます。
無知な政治家もマスコミも、そして国民も
自分たちの先輩が決議したことも忘れて、
外国から言われるまま「謝罪」し続けているのです。
今年の8圧15日、安倍首相は靖国参拝しないことを
事前に中国に報告!
主権国家の長が、全くばかばかしい!
国民の多くが歴史を知ることの大切さが
お分かりでしょうか?
6)サンフランシスコ講和条約で、日本は東京裁判を全面的に受け入れて
独立し、世界に受け入れてもらった。
(だから東京裁判で有罪になったA級戦犯が合祀されている靖国神社に
参拝するのはけしからん)
答え…もちろん×です。
これも、日本の政治家が堂々とおっしゃいますが、
まんまとアメリカの洗脳に毒されている!
まず、東京裁判というのは、
正式名称を「極東国際軍事裁判」と言います。
なんだかたいそうな名前が付いているので、
さぞ立派な裁判かと思うでしょうが、
これがデタラメな国際法無視の、
日本を陥れるための茶番劇なのです。
そのデタラメ具合を述べている時間はありませんので、
ご自分でお調べください。
さて、戦後GHQに占領されていた日本は、
1951年に「サンフランシスコ講和条約」に調印して、
独立・主権を回復しました。
この条約は、
日本の主権回復、日本の領土範囲の決定、外国軍隊の日本駐留、
連合国側の賠償請求権は放棄する、などが書かれています。
そして、
「サンフランシスコ講和条約で、日本は東京裁判を全面的に受け入れて
独立し、世界に受け入れてもらった。」
と解釈していますが、実はこれ「美しい誤解!」
まず、このことを説明する前の前提として、
(これを知らなければ話が通じない)、
一旦「講和条約」が結ばれれば、戦争状態は収束し、
占領中に押し付けられた全ての法律や判決は無効になる、
ということが国際法で規定されている。
このことを知って下さい!!
そして、この規定に従えば、
日本国憲法はじめ、占領中にGHQが作った全ての法律は、
全て白紙に戻して、新たに日本人が自分たちで作るのが正しいのです。
そして、全ての判決も無効になるのですから、
東京裁判の判決も無効になる訳です。
但しサンフランシスコ平和条約の第11条には、
「極東国際軍事裁判所並びに国内外の他の
連合国戦争犯罪法廷の「諸判決」の受諾…」
となっていて、
東京裁判ですでに刑の「判決」を受けたものに関しては、
独立後も日本政府は刑の執行を停止してはいけない。
という意味なのです。
なぜこのような「特別条項」が付いのかというと、
当時ナチスの残党がヨーロッパ中を逃げ回っていて悪さをしていて、
日本の戦犯も釈放すれば
悪さをすると思われていたからです。
しかし、これは明らかに国際法違反ですので、
連合国各国の(刑の執行を停止しても良い)という合意が得られれば
無効にしても良い、という条件が付いていました。
この規定に基づいて日本政府は各連合国の合意を得て、
1956年から1958年御間にA級、B級、C級戦犯の全員を釈放しました。
※もちろん、すでに死刑になった人は戻ってきませんが…
連合国側も、元々国際法上は無罪となるべきですので、
気持ちよく了承してくれたそうです。
ではなぜ、
東京裁判の「初判決」の受諾、という文章が、
東京裁判「そのもの」の受諾、となってしまったのか?
まるで条件付き降伏を、
無条件降伏と、
誤った理解をしているのと同様の間違いですが、
単なる外務省の「英語訳の間違い」だそうです。
つまり英文の「judgments」を「諸判決」と訳さずに「裁判そのもの」
と解釈してしまったことが、その後の誤解の原因!
まず、東京裁判自体がでたらめな裁判で、
事後法で裁くという法律違反。
その東京裁判で判決を受けた戦犯を、
平和条約締結と同時に釈放しなかったのも、国際法違反。
そして、条文を誤訳してしまうという、考えられないミス。
本当にばかばかしい!
でも、これが「戦後教育」の成果であり、
アメリカの日本に対する「洗脳計画」の成果でもあります。
次回に続く
2013年9月4日水曜日
続きでーす。
このシリーズを、
なぜ丁寧に回答しているかというと、
1、今後の日本では自立する生き方が大切になる。
その時に一番必要な知識は「日本のことを知っておくこと」
2、その次に、日本のことを知ることによって心に芽生える、
四次元的視点と公の心が不可欠です。
意味が分かる人もいるし、不明な人もいらっしゃると思いますが、
とにかく今の日本を良くし、
個人としても有意義で楽しい人生を送る為に、
日本人の多くが日本のことを知る必要があるのです。
詳しい理由は
このシリーズの最後に述べさせていただきます。
★★もっと日本を知ろう(3)--------------------------------------------
●テストの回答の続きです。
10問の内正しいのは幾つ?という質問に対して、
前回の2問は両方とも×でした。
さて、今回は?
3)原爆を落とされたのは、日本がなかなか降伏しなかったから仕方なかった。
答え…もちろん×です。
なかなか降伏しなかったのは事実ですが、
それは何が何でも原爆投下したかったトルーマン米大統領の、
引き伸ばし策略でもあったのです。
終戦直前には、沖縄や硫黄島などの戦場で
日本とアメリカは死闘を繰り広げていました。
その一方で日本政府は連合国側と、
水面下で戦争を終わらせるための条件交渉をしていたのです。
1945年7月26日、連合国側は日本に対して降伏を勧める、
「ポツダム宣言:降伏の条件」を発表し、日本に受諾するよう迫りました。
ところが、宣言の内容を見ると、
「国体護持:天皇を中心とした秩序(政体)を護持する」についての
記載がありません。
日本側としては、ここが一番重要ですから、
はっきりしないと受諾する、しないの判断が出来ません。
翌8月27日、当時の鈴木貫太郎首相は回答を一旦保留にして、
断固戦うという陸軍への説得を含めて御前会議を重ねていったのです。
ところが、そうこうしている内に、
8月6日いきなり広島に原子爆弾が投下!
その後も今後の方針が決められないまま、
御前会議が続けられましたが、
8月9日にはソ連が参戦、
同日長崎にも原爆が投下!
8月10日、
動揺して内閣が機能不全(何も決められない状態)になったため、
鈴木貫太郎首相が天皇陛下に「ご聖断」を仰いだところ、
「それでは、自分が意見をいうが、自分は外務大臣の意見に賛成する」
※外務大臣の意見:ポツダム宣言受諾
ということになりました。
そこで同日、日本側は連合国に対して、
「天皇統治の大権を変更する」という要求が含まれていない、
という了解の下にポツダム宣言を受諾する。
つまり「国体護持」を認めてくれるのなら、
ポツダム宣言を受諾して降伏する
と伝えたのでした。
※この後は、問4にて回答します。
最初に
「日本がなかなか降伏しなかったのは、
トルーマン米大統領の、引き伸ばし策略でもあったのです。」
と述べましたが、
その証拠はご自身の日記にありました。
彼は7月25日(ポツダム宣言発表の前日)の日記で、
「日本がポツダム宣言を受諾しないことを確信している」
と書いていました。
彼は国体護持に触れないことで
日本側が受諾を拒否することは計算済だったのです。
その理由は
1、何が何でも歴史上初となる原爆を投下して、
その威力を確認したかったが、日本側が降伏しなければ正当化できる。
※まさしく、その後の歴史も彼の意図通りになりました。
2、ソ連が参戦することをトルーマンは了解していたが、
原爆を完成したことを示すことによって、ソ連の日本占領を牽制する。
引いては戦後の世界覇権を狙うアメリカにとって、
何が何でも原爆を投下してソ連にインパクトを与えておくのが悲願だった。
※戦後アメリカとソ連が不仲になった原因の一つとなる。
3、二種類の原爆を何が何でも試したかった。
人体に対する原爆の威力を実際に見てみたい!
よって終戦後すぐにアメリカは広島と長崎に調査団を送り、
膨大な記録映像を撮影し、
救助ではなく調査目的の被爆者診断を行いました。
結論は、
アメリカは何が何でも原爆を落としたかった。
それは白人以外の有色人種の国、日本が最適だ。
そのために、簡単に受諾できないような降伏文章を送ってきた。
アメリカって、インデアンに限らず、
朝鮮、ベトナム、アフガン、イラク、イラン…
有色人種にとっては、とてつもなく怖い国なのですよ。
引っ付くなら、中国よりもアメリカがまし!
などと呑気におっしゃる人もいますが、
アメリカが日本と同盟を結んでいるのは、
日本が可愛いからでも、原爆を落とした負い目からでもなく、
ただ、アメリカにとって、経済的、防衛的な利益があるから!
それが理由の全てです。
広島の原爆死没者慰霊碑には、
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」
と書かれています。
ご覧になった方も多いと思います。
ところで、この文章「過ちは 繰返しませぬから」の
「主語」は誰でしょう?
ほとんどの日本人が、
「私たちは…」
と思っているのでは?
戦時国際法で禁止されている
一般市民の殺害(原爆2発で20万人以上)を行い、
それをきっかけで戦後の世界覇権を握った
アメリカこそが、過ちを犯したのではないでしょうか?
4)日本は戦争に負けて連合国に「無条件降伏」した。
答え…もちろん×です。
ポツダム宣言の内容の一部を載せておきます。
第5項目目には以下のように書かれています。
------------------------------------------------------------
5、吾等(連合国)の条件は以下の条文で示すとおりであり、
これについては譲歩せず、吾等が外れることもない。執行の遅れは認めない。
------------------------------------------------------------
つまり読んで字のごとく「無条件」降伏ではないのです。
ではなぜ、「日本は無条件降伏した」と言われているのかというと、
13項目目(最終項目です)に以下の条件が書かれています。
------------------------------------------------------------
13、我々は日本政府が全日本軍の無条件降伏を宣言し、かつその行動について
日本国政府が示す誠意について、同政府による十分な保障が提供されることを
要求する。これ以外の選択肢は迅速且つ完全なる壊滅のみ。
------------------------------------------------------------
つまり日本政府は「陸軍と海軍は無条件降伏した」と宣言して、
責任を持って速やかに武装解除させなさい。
ということを条件として挙げているだけです。
つまり企業で言えば、
「営業部門」を無条件に解散させなさい!
というような意味です。
全社が無条件解散する、という意味ではありません。
お疑いの方は今すぐパソコンで「ポツダム宣言」を検索して、
全文をお読みください。
そしてもう一つ指摘しておきますが、
条件を受諾するということは、
その条件を守る(言い換えれば条件に縛られる)ということですが、
これは日本だけでなく、
連合国側も自分たちが提案した条件に縛られるはずです。
ところが自分たちが出した条件を、
東京裁判やその後の占領統治において、
自分たちで破っているのです。
例えば10項目目に次のような文章があります。
------------------------------------------------------------
10、(前略)言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立
されること。
------------------------------------------------------------
しかし、占領時のGHQの政策は、
「宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立」
されるものではありませんでした。
歴史は塗り替えられ、都合の悪い書籍は焼かれ、新聞とラジオは検閲され、
GHQに都合の悪い人約20万人が失業させられ、日本は悪かったと洗脳されたのです。
「日本は無条件降伏した」
と、多くの人が信じていることが、
まさしくその証拠に他なりません。
次回に続く
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